なぜ新しいヒップホップに心震わせられないのか
僕はヒップホップが好きだ。
高校生の頃にそれと出会い、激しく心を揺れ動かされた。
学校の帰りにHMVに行き、試聴機に入ったCDを片っ端から聴いた。
我が家に初めてやってきたパソコンを駆使して、Amazonのレビューを読み漁った。
先人たちの有益なレビューで知り得た情報を元に、クラシックと呼ばれる名盤を聴きまくり、レンタルCD屋にヒップホップが沢山あると聞けば自転車で遠くの街へと向かった。
親に買ってもらった自慢のコンポでMDにダビングし、学校にいるときも授業そっちのけで聴きまくった。
ヒップホップが全ての音楽人生の始まりで、あれから20年以上が経った今でも、その頃に聴いた曲を聴けば血が滾る。
そんなヒップホップが、最近全く耳に入ってこない。あの熱量で聴いていたヒップホップがだ。
20年前に比べてヒップホップは、ここ日本でも大きく浸透したと思う。
J-POPの音楽にラップは必要不可欠だし、ジャニーズも当たり前のようにラップする。
K-POPのアイドルは本場アメリカ顔負けのヒップホップを作り、テレビCMに呂布カルマが出演する。
Creepy Nutsの”Bling-Bang-Bang-Born”のヒットにより、昭和のフォーク・デュオ「ビリーバンバン」が音楽配信の上位に食い込むみたいな珍事まで起きる。
Dragon AshやRIP SLYMEがなんとかチャートインしていたあの頃とは違い、ヒップホップ・ミュージシャンが単独ドーム・ライヴを成功させる。
僕の高校生時代は青春パンク・ブームど真ん中。ヒップホップを聴く友人は一人もいなかった。
こんなに浸透して、曲のクオリティも上がってるはずなのに、ここ数年、どうにもこうにも全く響かない。
自分の聴く音楽の種類が増えたのも一つの要因だろう。
歳を取って感性が鈍ったのか?
いや、今でも新たな音楽に心震える瞬間は日常的にある。
K-POPのアイドル達が踊るヒップホップを聴くと、凄くかっこいいとも思う。
かっこいいとは思う。本当によく出来ている。
だが、響かない。
俺の中でヒップホップは終わってしまったのか?
興味を失ってしまったのか?
このまま懐メロおじさんに成り下がるのか?
ずっとこれについて自問自答してきた。

最近友人宅にて、とある雑誌の記事を読んだ時にハッとした。
そこにはヒップホップをはじめとしたDIY衝動に溢れたエッジのあるカウンター・カルチャーの音楽にまつわる物を収集する、あるスウェーデン人の男性について書かれていた。
そうだ。俺が好きなのはカウンター・カルチャーのヒップホップだ。
ヒップホップが世界で最も売れる音楽となってもう長い。
K-POPやJ-POPにヒップホップの魂や、反骨精神はない。
ヒップホップが世界で最も売れるフォーマットだから、ヒップホップの曲を作るのだ。
置きにいった完成度。マスの音楽。
こんな退屈な音楽があるか。
もちろんそうじゃない現代のヒップホップ・ミュージシャンも多いだろう。
そうフォローしておかないとヒップホップ警察に叱られる。
ヒップホップは警察が蔓延る音楽になってしまった。
無知な若者に説教を垂れるビートルズ警察や、あんなに疎ましかったジャズ警察じじいのように。
若い頃にはDJ PremierやJ Dillaのようなヒップホップのプロデューサーに憧れてAKAIのサンプラーを買い、トラックメイキングのマネごとをしたこともあった。
今の自分がもしミュージシャンになるなら、ヒップホップだけは絶対にやらない。
退屈な音楽。目新しさも可能性も感じない。なによりエッジがない。
20年近く前にNASが “Hip Hop Is Dead” という曲を発表した。
当時は「いやいや死んでねーだろ」って思った。
2025年の今はっきりと分かった。NASさん、あなたの言ったことは正しかった。

では現代のカウンター・カルチャーの音楽ってなんだろう?
ヒップホップが産声を上げた1970年代後半や80年代、黄金期を迎えた90年代などの時代に比べて、世の中は細分化した。
なかなか世代ごと丸っと巻き込むようなカルチャーは生まれにくい時代になったと思う。
でももうきっとどこか自分の知らないところで生まれているんだろう。
退屈な大衆の音楽に強烈なカウンターパンチを食らわすような、DIY衝動のエネルギーを持った新たな音楽や文化が。
僕は遠くない未来に訪れるであろう、そんな音楽との出会いを心待ちにしている。
本当に好きな音楽だったからこそ言わせていただきたい。
Hip Hop Is Deadだクソ喰らえ!


hair & music parlour FAM
店主 DJ ton

