もったいない男
「これまでの人生で買ってよかった買い物ベスト3ってなに〜?」
最近買った布団があまりに気に入りすぎている私は、その話がしたいが為にわざと話をふる。
我々と言えば、おでんドラフト会議や有能野菜選手権、アルファベット字面カッコいい国名大会などなど、日常的にこの手の話が好物だ。
あーでもないこーでもないと一通り大騒ぎするのが通例なのだが、珍しく今回のトンさん(一階店主)の答えはスパッと決まった。
一つはターンテーブル(2台買ったので2カウント換算になるそう)これは納得。
高校生の頃に買ったターンテーブルは、23年の時を経て自分のお店を持つようになった今も尚現役で活躍してくれているのだから、これはもう正真正銘買ってよかった物だ。
じゃああと1つは?と聞くと、キッチン用品の「シリコンヘラ」
ああ、なるほど。これも納得。
と言うのも、人並外れたもったいない病を患う彼にとって、舐め回すよりも綺麗に取れるそれは、食材はもちろんの事、その丈夫さやコスト面に至るまで、あらゆる点でもったいない界を統治することとなった革命児なのだ。
これはもう、もったいない男らしい堂々たる逸品だと思う。
ある晩もったいない男は言う。
「お!珍しい!瑶基さん今日は納豆の糸、上手に食べれてる!」(本人曰く”糸”ではなく、”粘り気溜まり”というらしいが私にはなんのことやらさっぱり・・・)
「瑶基さんの納豆、いつもちょっと残っててもったいないな〜と思ってたんだよね〜」
恐る恐る器を見回し、いつも私が残す” 粘り気溜まり”とやらの存在との初めての対峙。緊張と困惑で何一つ言葉を返せていない私のことなどお構いなしにご機嫌な様子だ。
なにせ今彼はまた一つもったいない界を救ったのだから。
ある休日、1人でケンタッキーランチをしたもったいない男は気付いてしまった。この食べ終わったケンタッキーの骨で鶏白湯が作れるのではないかと。
もったいない男は骨を丁寧に煮込み、仕事から帰宅した私に鶏白湯ラーメンを差し出した。
美味しく平らげたところでその正体を明かされ、これはさすがにもう二度とやらないでくださいお願いしますと懇願した。
もったいない男は 「洗ったから大丈夫」と誇らしげに話すが、そういうことではない。
男は不服そうだった。
ある朝もったいない男はいつになく深刻な様子だった。
「ねぇ瑶基さん、もったいなくない?」
「(出た、もったいない男) 何が?」
先日皇族の方が亡くなられたとき。どうやらその時にしか使えない言葉があるらしいのだが、テレビやネットニュースでその言葉が使われていなかったと。
使えるタイミングがこんなにも少ない言葉なのに、使わないともったいない。と言うわけだ。
確かに、言葉は使われないと無くなっていく。
完全に無くならなくとも『了解しました』の成れの果ては『りょ』だし、『本当ですか?』に至っては『ま?』まで身ぐるみ剥がされてしまっている。
酷い仕打ち、こんなのは御免だ。
もしかしたらもったいない界は結構重要な働きをしているのかもしれない。
そう言えば、中古レコード屋だって誰かのもったいないから生まれたようなものだ。
【もう今は聴いていないレコードも、一度はあなたの心に響いた一枚。 そのレコードはまた再びどこかの誰かの耳を育て、どこかの誰かの人生を豊かにします。あなたの棚の隅に眠る一枚は、近い将来にあなたの心を打つミュージシャンを生む可能性すらあるのです。】
これは店主のレコード買取への想い。
やっぱり、もったいないは結構重大任務を背負っている気がする。
だからと言って、舐めまわした後のチキンの骨から取った出汁を飲まされるのは勘弁してほしいのだが。
以上、伝説のもったいない三選でした。